【伊勢型紙/江戸小紋】
―亀甲に花紋―
制作/石塚幸夫
伊勢型紙染め



古来より連綿と紡がれる時の中で、まるで武士の刀を研ぎ上げるが如く磨き上げられた職人の手業。　その永い歴史に培われた英知の結集である江戸小紋。　江戸小紋は伊勢型を使用し、伝え継がれた職人技術で染め上げられた“染織工芸品”ということが出来ます。　「型紙を使い染める」と言うことは　即ち、描かれた下絵に忠実に「型紙を彫る」というところから始まります。　専用の「錐※きり」を使い「彫り上げて」いく。　想えばそれは世界でも生真面目と云われる日本の職人の気質に適う仕事と言えるのかも知れません。　


集中を保ち　丁寧に丁寧を重ねて彫り上げられた「型紙」は「型紙」それ自体が工芸品としての趣を保つほどのものとなります。　それはあたかも精密機械のごとく精緻の極みが求められる作業を、気の遠くなるほどの長い時を唯一筋に、ひとの「手」によって積み重ねていかなくてはなりません。　また、その細密な柄に彫り上げられた型紙を、長板の上で僅かな誤差の許されない精度で繰り返し送りながら染め上げていきます。　そのストイックとも形容される仕事もまた、江戸小紋の職人の手業でもあるのです。　


江戸小紋の“凛とした美しさ”　単色で染め上げた“潔さ”はこうした職人たちの積み重ねた経験による手業の極みに尽きるのだと思います。　またそこに保たれる美しさは確実に日本的であり、且つ文句なく美しいと断言出来るのです。　言うなれば江戸小紋はまさに日本の「美」そのものであり、古来より、象徴的な美しさとして今も尚現代に生きる私たちの心象風景に在り続けています。　それ故「江戸小紋」の紋様美は日本女性の心と響き合うのかもしれません。　紋様美としてここまで完成された紋様は他に例を見ないといっても決して言い過ぎではないのだと思います。

こちらに掲載致しました江戸小紋は、亀甲に花紋の極細江戸小紋です。　画像でもお分かり頂けますように極めて細密な型を用いて染められた江戸小紋です。　亀甲の中に鮫を彫り上げ、さらにそこに花紋を彫り上げ染め上げたもので、伊勢型の中でも極めて細密な江戸小紋です。（※そのためデジタル処理がうまくかなわず、白光りしたり、黒光りしたりしてお見苦しい箇所がございますが、実際にそのようにはなっておりません。）　染められた意匠は「礼装感」の中にも洒脱な印象も想わせるものだと思います。　ご覧頂きましていかがでしたでしょうか？　染められた憲法黒茶（ けんぽうくろちゃ）（※黒に近い焦げ茶色）の色相に加え、強すぎない印象の色感が意匠/designと見事に相俟って、一般的な江戸小紋から感じられる「削ぎ落とされた美しさ」を更に手工藝としての美しさにまで昇華させているかのように感じます。　


また、これほどの江戸小紋となりますと小紋とは言え、単なるお洒落着としての小紋に留まるものではありません。　こうした江戸小紋は添わせる帯によって様々な表情を見せてくれる筈です。　つまり帯次第でその着物が保つ印象をがらりと変えてしまうことが出来るものなのです。　江戸小紋であるからと言ってひと括りに略礼装としてしまうべきではありません。　当然ながら、格の高い西陣織の帯を添わせることで礼装感を保った装いとすることはもちろん江戸小紋の正当な装いではありますが、趣向的な染め帯を添わせることで上質なcasualとして、よそゆき感を保った街着としてお使い頂くことも出来るのです。　むしろ小紋三役と言われる鮫・行儀・角通しなど江戸小紋以上に洒脱な雰囲気や洗練された粋さを兼ね備えた印象を保ち、とても素敵ではないでしょうか。

　

こうした極々細密な点描はデジタルカメラではその美しさのすべてを収めきることが適いません。　また、いろいろな色みで写っておりますが、撮影する時間、光、などで黒みが強く出たり、焦げ茶みが出たりしてますが、どれもこちらの江戸小紋のお色目とご理解ください。　そしてこちらのお品は画像などを遥かに上回る質感と品位を感じさせてくれます。　極めて魅力的な江戸小紋のご紹介です。